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東京高等裁判所 昭和45年(う)970号 判決 1973年5月08日

控訴人 被告人

被告人 柏木俊孝 外二名

弁護人 大蔵敏彦 外二名

検察官 井上勝正

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人柏木俊孝の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人ら三名の弁護人大蔵敏彦、同新井章、同小林達美連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検事辰巳信夫作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し次のように判断する。

その一、控訴趣意第一点(法令適用の誤りがある旨の主張)について。

所論は要するに、本件起訴状は、公訴事実の冒頭において、本件昭和四十二年三月二十四日被告人らが静岡県教育委員会(以下、県教委と略称する。)事務局に赴いた目的・意図を記載しているが、このうち、いわゆる一〇・二一闘争の処分の撤回を求める目的・意図があつたという部分は、原判決も認めているように虚偽の記載である。而して、これら目的・意図に関する記載は、本件不退去の訴因の退去要求の当否を明らかにするため必要な記載であるところ、この記載が右のように虚偽な場合は結局裁判官に事件について被告人らに不利益な予断を抱かせる虞のある余事記載となるから、本件起訴状は刑事訴訟法第二百五十六条第六項に違反し無効であり、本件については同法第三百三十八条第四号に則り公訴棄却の判決をなすべきものである。しかるに、原判決が本件起訴状を有効なものとして本案について判断したのは、刑事訴訟法の解釈適用を誤つたものであり破棄を免れない、というにある。

よつて、記録を精査して案ずるのに、記録によれば、本件起訴状に所論指摘のような記載があること並びに原判決が被告人らが県教委事務局に赴いた目的・意図のうちいわゆる一〇・二一闘争に関する点につき所論指摘のように認定していることはいずれも明らかであるが、右記載が右の場合本件起訴状の有効性に影響があるか否かに関する原判決の判断は相当であり、所論のような違法はない。その上、右一〇・二一闘争に関する記載が証拠により認められなかつたとしても、このことが本件において原審裁判所に判決に影響を及ぼすべき予断を抱かせたとは、記録を精査しても認められない。従つて原判決には何等所論の如き非違はない。論旨は理由がない。

その二、控訴趣意第二点乃至第四点について。

第一、控訴趣意に対する判断に先き立ち、本件現場の状況を明らかにすると、記録中の原審検証調書及び同添付の現場見取図によれば、

一、本件現場である原判示静岡県庁別館四階の模様は、コの字形のコンクリート廊下の外側に沿うて各部屋が設けられ、同館三階より四階に上るために、コの字形の中央部分にある幅三・四六メートルの階段を廊下より遠ざかるように上り、踊り場に至り、同所より折り返えすように左右に幅員一・九一メートルの階段があり、これを上れば四階のコの字形廊下の略中央に達すること。

二、又、四階の廊下は壁面処処に柱の一部が突出しているため、幅員に多少の広狭はあるが、その幅員は略二メートル前後であり、その長さは、コの字形の中央部分が約二七メートル、左翼の部分が約一七メートル右翼の部分が約一三メートルであること。

三、廊下に面した各室は、前記三階より四階に上つた略正面に教育長室があり、その左方に企画室分室(秘書室)、教育次長室教育委員室と続き。その左の角に当る部分に学校教育課室(現在は教育委員会議室)があり、左翼廊下には、右学校教育課室に続き、福利課、体育保健課の各室が続く。又、前記教育長室の右方には、企画室の本室(現在は企画調査課室)、右角に当る部分に総務課の各室があり、右翼の廊下には、右総務課に続き経理課の室があること。

四、尚、総務課、企画室本室、教育長室、企画室分室、教育次長室、学校教育課室には、これに対応する出入口として、それぞれ前記三階より上つた正面廊下に面し両開きのドアが一箇所宛あり、その間口は各一・五五メートルであること。

以上の事実が認められる。

第二、控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について。

所論は、原判決が被告人柏木につき原判示第一の如く事実を認定したのは誤認であるとし、その理由とするところは要するに、被告人柏木は、原判示第一掲記のガラスが割れたときにはそのガラス扉の前にはいなかつたものであり、又、ガラスの損壊を共謀したことも共同実行したこともないのであるから、被告人柏木を暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条(刑法第二百六十一条)に該当する行為があつたとして有罪と認定したのは明らかに採証法則を誤り、延いては事実を誤認したものであるから、原判決はこの点において破棄を免れない、というにある。

よつて、記録を検討して案ずるのに、被告人柏木に対する原判示第一の事実は、その挙示する関係証拠により、犯意の点をも含めて優にこれを認めるに足り、原判決には何等採証法則を誤り、延いては事実誤認を犯したという違法はない。尚、若干これを敷衍するに、記録、特に原審証人田代守人、同三浦保、同石塚宏の各供述及び原審検証調書を総合するときは、

(1)、三浦保、田代守人、小松某の三名はいずれも県教委の職員であるが、上司である企画室長鈴木英徳の指揮に従い、原判示当日、原判示四階秘書室(企画室分室)入口ドアの前廊下において、両開きの右ドアの前に三浦、左右ドアの中間位に小松、左ドアの前に田代の順で並び、(イ)集団で押しかけてきて面会を強要する場合には委員会の者は会わないこと、(ロ)大勢が一時に部屋に入ることは断る、(ハ)代表が二、三名中に入つて話をするといつた場合にはその時に応じて中にいる室長補佐の指示を受けて態度を決定する、との方針のもとに、警備並びに交渉のために立つていたこと。

(2)、同日午前十時頃、多数の静岡県高等学校教職員組合(以下、高教組と略称する。)組合員が企画室の本室の前の方の階段をがやがや言いながら一団となつて上つてきて、四階の廊下を三浦らのいる方にきて、三浦らの前に二、三十人屯ろし、その後も続いてきた組合員達で、遂には教育長室の前、企画室の本室の前あたりまで幅二メートル前後の廊下に一杯になつたこと。

(3)、そして、田代の右直前には被告人柏木、小松の前あたりには神尾賢一、ついで一、二人おいて三浦の前には一杉某という者が立つたこと。

(4)、三浦らは被告人柏木に来意をきくや、三浦らの前の者達は、「教育長に合わせろ」等と申し向け、三浦らが、「教育長は今日は不在である」旨応答するや、いきなり「そこをどけ」等といつて同人らの排除にかかり、最初に三浦がその前にいた者達に引つぱられて前の方に引き抜かれ、そのあと田代がすぐ被告人柏木に右腕をもたれた上、その場に居合せた他の者達に引つぱられ或は押されて、企画室分室の入口のドアを背にして押し出され、そのあと小松も排除されて、結局先に立つていた位置から二、三メートル教育次長室寄りに移されて、三浦ら三名は廊下に被告人柏木らのいる方に向つて横に並ぶような形で立ち、その場で組合員らの様子を見ていたこと。

(5)、組合員達は、三浦らが排除されるや直ちに企画分室のドアに接近して、同ドアのガラスや枠を叩いたり、ドアを押したり、ドアの腰板を蹴つたりしながら、「教育長に会わせろ」「教育長出てこい」「開けろ、開けろ」等といつていたが、前記企画室分室前附近の廊下に満ちた組合員のうち、前記ドアのすぐ前に並んでいた者達、特に被告人柏木は、向つて左側のドアのところで、一寸腰をかがめてドアに体をつけて体や手を前後に動かしたり等してドアを押したり叩いたりしており、又、神尾は、ガラスを叩いており、一杉は、ドアの前でドアを押したり或はガラスを叩いたりしており、そのうちに左側のドアのガラスが割れ、次いで右側のドアのガラスも割れたこと。

(6)、その頃、企画室分室の内部よりドアの合せ目を押えていた石塚からは、被告人柏木及び神尾がドアのガラスを叩いていることがガラスを透した人相、風体より判つたこと。

(7)、三浦らが見ても、被告人柏木のドアを押したりしている行動よりガラスが割れはしないかと危ぶまれたこと。

(8)、被告人柏木らは、前記のようにドアのガラスが割れても、すぐに叩くのを止めることなく、依然ドアを叩いたり押したり腰板の部分を蹴つたりしており、次第にガラスの割れた箇所が拡つていつたが、その後被告人山田に携帯マイクで「手を出すな」といわれて初めて右行為を止めたこと。

がそれぞれ認められる。

而して、前記認定事実、特に右(5) 乃至(8) の事実を併せ考察すると、右各ドアのガラスの損壊は被告人柏木らが相呼応してドアを蹴つたり、押したり、ガラスを叩いたりした有形力の総合行使の結果であり、又、その行為は傍で見ている者をしてガラスの破損を危惧させる程度に激しかつたものであるから、右のようなガラスの損壊は、被告人柏木らの単なる過失行為と認めることはできず、これらの行為はこれによりガラスが損壊するやも測り難いことを知りながら敢えてこれを容認の上なされたものと認めるに十分である。

所論は、証人三浦及び同田代は組合員らによつて前記企画室分室入口前より教育次長室前まで排除され、更に、組合員らの抗議を受けて企画室分室前の廊下の左端内側角にある湯沸室附近まで移動したものであるところ、同室と前記企画室分室との間は相当離れており、この距離並びに企画室分室前の組合員の密集状況等の客観的状況に徴すると、同証人らはガラスの破損時の状況並びに破損したガラス扉前にいた人物など識別し得る状況になく、その証言には信憑性は全くない旨主張するけれども、ガラスの破損時に同人らがいた位置は前記認定のとおりであり、この点に関する被告人柏木、原審証人鈴木総兵衛の供述は措信し難く、従つて、証人三浦らは被告人柏木らの右行動を十分認識できる状況下にあつたことが明らかであり、所論の如くその認識を否定することは相当でない。又、所論は、原審証人石塚宏らの供述は、同人らのいた場所が組合員らとガラス扉を隔てた企画室分室内であり、且つ、前記扉に使用されていたガラスは不透明で片面波形をしているため、廊下にいる者を正確に認識できない状況下にあることに徴し信憑性が薄く、同供述によつては被告人柏木らの所為を確定し得ない旨主張するけれども、記録によれば、石塚宏は予てより被告人柏木、神尾らの風体、特徴を知つていた者と認めるに十分であり、又、ガラス越しとはいえ、被告人柏木らが前記認定のように、接触時間は別として前記行動中ガラス扉に体を接していたこと並びに被告人らが静止状態でなく動的状態にあつたことも明らかであり、これらの事実は行動者の特徴を捉え易い状況であつたものといえる。これらの諸般の状況に照すと、その供述は十分措信できる。

その他記録並びに当審事実取調の結果を精査しても前記認定を左右するに足る証拠は見当らない(当審証人佐々木義明、同福富秀夫、同西岡昭夫、同中野邦彦は、原審及び当審証人田代守人、同石塚宏、原審証人三浦保の各供述と相対立する供述をしているが、田代、石塚、三浦の供述と対比するに、にわかに措信できない。西岡昭夫撮影にかかる写真六葉-主としてこれより看取できる本件ドアのガラスの破損状況並びにガラス破片の落下状況等は、これ又前記田代、石塚、三浦の各証言並びに押収してあるガラス破片の量《東京高等裁判所昭和四五年押第二四四号の一〇》等と対比考察するに、ガラス破損の原動力が所論の如く廊下側ではなく企画室分室側より加えられたものとはにわかに認め難い。)従つて、原判示第一事実には何等事実誤認はない。論旨は理由がない。

第三、控訴趣意第三点(原判決には憲法の解釈、法令の解釈を誤つた違法がある、との主張)について。

所論は要するに、(1) 静岡県庁内管理規則(以下、庁内管理規則又は規則と略称する。)特にその第六条の規定は、憲法の保障する労働基本権、大衆行動の自由等を、その目的・理由の如何を問わず一率に制限するものであるから、同規則自体憲法第二十一条、第二十八条、第九十五条に違反するものであり、これを有効と解した原判決は法の解釈を誤つたものである。(2) 仮に右庁内管理規則自体は憲法に違反しないとしても、本件にこれを適用したのは憲法第二十一条、第二十八条に違反する。即ち、本件庁内管理規則に基づきなされた原判示第二の退去命令の発動適用は、公務員組合の切実な要求、緊急な交渉の必要性、憲法に保障された団結権、団体交渉権の行使等被告人ら組合員の行動のもつ目的、その正当性等については一切これを無視し、管財課職員の一方的判断で行われたものであり、原判決は判決に影響を及ぼすべき憲法解釈、法令解釈の誤りを犯したものである、というにある。

(一)、庁内管理規則の違憲性に関する主張について。

(1)、所論は、庁内管理規則が違憲である根拠として「県庁舎等は県民に対して広く解放されるべきものである。しかるに、同規則、特に第六条は憲法の保障する労働基本権、大衆行動の自由等(以下、集団行動と略称する。)をその目的・理由の如何を問わず一率に制限しこれを禁止している」旨主張する。

案ずるに、庁内管理規則が県庁舎等における執務環境の整備と庁内秩序の維持(以下、この両者を含めて県庁舎等の正常な管理と略称する。)を図ることを目的として制定されたものであることは第一条に照し明白であり、この県庁舎等の正常な管理が県において自治体等としての使命及び機能を果すため不可欠ともいうべき重要な事項であることも多言を要しない。而して、規則によれば、第五条はプラカード、旗等を掲げる行動について、許可を要するとはいいながら、県庁舎等においてこれを行ない得ることを明定しており、これらの行動のうちには労働組合等の行なう集団行動もこれを含んでいるものと解する。このことは、規則が県庁舎等の正常な管理と労働組合等の行なう集団行動とを常に相対立するものとはみていないことを示すものであつて、規則は決して所論の如くこの種集団行動が県庁舎等において行なわれる場合これをその目的・理由・態様等の如何を問わず一率に制限する趣旨のものではない。これらの法条をはじめとして規則が定めている各法条をつぶさに総合考察すると、規則は憲法に保障された表現の自由及び勤労者の団体行動権等はこれを尊重しながらも、他方かかる集団行動がこれに潜在する一種の物理的力によつて支持されていることから、時に異常な昂奮等の状態に陥り、常軌を逸する行為に移り易く、ために庁内の執務環境を阻害し、秩序を破壊するような不慮の事態に発展することに備え、そのような事態を回避するに足りる最少限に必要な限度において規制を加えているに過ぎないと認めるのが相当である。従つて第五条は勿論第六条も如上の限度の規制をしているに止まりこれを越えるものとは解されないから、結局労働組合等の行なう集団行動も県庁舎等の正常な管理に不当な支障を来すものでない限りこれを許容する趣旨と認められ、しかも右はやむを得ない規制である。しからば庁内管理規則は所論の如く所論憲法の諸法条に違反するものではない。

(2)、尚、原判決が、静岡県知事が地方自治法第百四十九条第六号により県庁舎等について管理権を有し、その作用として、県庁舎等の管理のため、単にこれを財産として管理するだけでなく、庁内秩序をはかる一般的準則を制定できること並びに庁内管理規則の内容及びその規則の法的性格等について判示していることはすべて相当である。

(3)、以上の説示を総合考察すると、右規則が憲法第二十一条、第二十八条、第九十五条に違反する旨の所論は採用できない。

(二)、本件に庁内管理規則を適用したことの違憲性に関する主張について。

よつて案ずるに、原判示第二の退去命令の当否、延いては同不退去罪の成否を判断するためには、被告人ら高教組組合員に対し県庁舎より退去を求めた同庁舎管理者側とこれを拒否した被告人ら高教組組合員側の双方についてそれぞれの具体的動機とその行為の態様とを相関的に考慮する必要のあることは所論のとおりである。

ところで、

(1)、記録によれば、原判決の、昭和三十八年十二月以降同四十一年十二月に至るまでの間県教委と高教組との間で行なわれた交渉の経過、同四十一年十月行なわれたいわゆる一〇・二一闘争に関連する県教委の処分及びそれに対する高教組の撤回要求並びに同四十一年度末定期人事異動の内示及びそれに対する高教組の修正要求の各経緯、本件当日被告人柏木ら高教組組合員が高教組本部に参集し、県教委企画室分室に赴くに至つた目的・意図及びその経過等に関する認定は相当であり、事実誤認はない。

(2)、次に、被告人柏木ら高教組組合員が県教委企画室分室前に到着後判示第二の退去命令の出されるまでの原判示県庁別館四階廊下における状況について案ずるに、記録によれば、原判示当日午前十時頃被告人柏木は組合員約二百名の先頭に立つて、原判示県庁別館内県教委事務局各室の存在する四階廊下に赴き、右多数の組合員は同階教育委員会総務課から学校教育課に至る長さ約二七メートル、幅二メートル前後の廊下は勿論のこと、三階及び五階に通ずる各階段附近一帯に略一杯に立ち並び喧騒を極め、且つ、企画室分室附近においては前記控訴趣意第二点について認定の如く、警備並びに応接に出ていた三浦保ら教育委員会の職員をいきなり実力を以て排除し、「教育長を出せ」「(入口を)開けろ」等と叫び、企画室分室の扉のガラスを損壊する等の行為があり、更に、同分室及び総務課各出入口附近においては、その後も、組合員多数が群つて「開けろ」等と叫びながら各出入口の扉を手拳で乱打し足で蹴る等喧騒を極めたこと、右の結果、企画室等の職員は勿論のこと、同階の経理課等他課の職員らまで職務遂行のため外部に出られなかつたのみならず、室内での執務にも著しい障害を受けたことが認められる。

(3)、労使の交渉は、いかなる場合においても、平静裡に、且つ秩序を保つて行なわるべきことはいうまでもないところであり、交渉の申入もこれ又同じ理であるところ、被告人柏木らの右三浦らに対する教育長との前記面会要求を交渉の申入と解しても、同申入時並びにこれに引続く状況は前記認定のとおりであり、その申入はこれを行なう方法等の点において著しく限度を超えており、到底適法なものとはいい難く、県教委においてその推移等よりこれを拒否したことをもつて不当とはいえない。この適否の点については、所論のいう高教組側の切実な要求、緊急な交渉の必要性等組合側の事情は勿論、これらの行動がともすれば労使の対立拮抗という緊張関係のもとで異常な昂奮状態に陥り易いことをも考慮にいれて検討してみても、前記認定はこれを左右しない。

尚、原判決が、県教委側が三浦外二名を企画室分室前廊下に立たせ警備兼応対に当らせたこと、三浦らが被告人柏木らの面会要求に対して拒否的態度をとつたことについて、県教委側を一概に非難できないと判示した点並びに被告人柏木ら高教組組合員の行動が社会通念上相当なものとして許容される限度を逸脱したものと判示した点は、記録を精査すればいずれも相当であり、この点に関する所論に鑑み、当審事実取調の結果を検討してみても、右認定には誤認はない。

(4)、所論は、県庁舎等管理者は本件退去命令を出すに当つては部下職員の報告を聞いただけで機械的にこれを発動しており、前記発動の必要性等については考慮していない旨主張するが、記録によれば、県庁舎等管理者である出納事務局長飯塚正二は管財課長杉山康より県庁別館四階の廊下での異常事態につき報告を受けるや、直ちに同館四階附近に到り、右事態を直接目撃しその状況を把握すると共に、部下職員の報告を聴取した上、退去命令を発したことが明らかであり、右所論は採用できない。

(5)、以上認定の事実を総合考察すれば、県庁舎等管理者が被告人柏木ら高教組組合員に対して退去命令を発したことは相当であり、憲法第二十一条、第二十八条に違反するものとは到底認められない。

論旨はいずれも理由がない。

第四、控訴趣意第四点(原判決には不退去罪の訴因につき重大な事実誤認があり、延いては法令適用の誤りがある、との主張)について。

所論は、原判決は本件退去要求には相当性がある旨認定し、その根拠を五点に亘り判示しているが、右認定は事ここに至る経緯等諸般の事情並びに県教委側が被告人ら組合側に対して執つた態度等に鑑みると全くの事実誤認であり、原判決には延いては法令の解釈適用を誤つた違法がある旨主張する。

よつて、記録を精査して案ずるに、この点に関しては、控訴趣意第三点(二)において判示したとおり原判決の説示は極めて至当であり、被告人らに不退去罪の成立すること原判示第二において認定するとおりであつて、原判決には何等所論の如き非違はない。論旨は理由がない。

その三、控訴趣意第五点(量刑不当の主張)について。

所論に基づき記録を精査検討してみるに、被告人らの原判示犯行に至る経緯、各被告人らの犯行の態様、罪質、因つて惹起した社会的影響、これに加えるに、過去における交渉の持ち方、県教委側の態度、被告人らの経歴、職業等諸般の情状を併せ考慮してみても、原判決の量刑は十分首肯し得るところであり、当審事実取調の結果を斟酌してみても未だ原判決の量刑が過重、不当であるとは思われない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文により全部被告人柏木俊孝に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 八島三郎 判事 栗田正 判事 中村憲一郎)

弁護人大蔵敏彦外二名の控訴趣意

第三点

原判決の静岡県庁内管理規則の解釈は、憲法の解釈に誤りがあり、本件にこれを適用したことについての解釈も誤つていて、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 静岡県庁内管理規則は憲法に違反する。

原判決は、庁内管理規則の制定根拠が、地方自治法一四九条六号にあり知事は「県庁舎及びその敷地について管理権を有することは明らかである」とし、ついで、私人の住居等の場合と同様に、「公権力の行使又は優越的な意思の発動としてなすのでない限り、唯単に県庁舎等の財産として管理するだけでなく、行政庁としての本来の目的を達成させるため必要な範囲内においては、右管理権の作用として、庁内への立入り、使用の制限等の措置をとることができ、またそのための一般的準則を定め得ることも当然である」としたのである。

しかしながら、地方自治法一四九条第六号は「財産を取得し、管理し、及び処分すること」という規定であつて、この規程から、当然に原判決の如き解釈が生ずるものではない。

およそ庁舎の管理とは、「公物の存立を維持し、これを公の目的に供用し、公物本来の目的を達成せしめるためにする作用」(原龍之助公物営造法五七~五八頁)である。すなわち、庁舎その他の建造物諸施設などの物的条件を整備、維持、保存することにその目的と限界とがある。従つて、これを超えて、「庁内秩序の維持をはかる」ということは、右の物的管理の範囲を超えている。殊に、本件で問題となつている第六条は、憲法の保障する労働基本権、大衆行動の自由に抵触し、これをその目的を問わず一率に制限するものである。元来県庁の庁舎内の事務室、廊下等は県民に対し、広く開放さるべきものであつて、公共に対するサービスの提供という公物たる庁舎の管理もこの点を配慮してなさるべき性質のものである。

しかるに第六条などは、集団行動はその理由目的の如何を問わず、一切を禁止する規定である。本件におけるような公務員組合の労働基本権の正当な行使、あるいは緊急の場合における地域住民の請願行動など、憲法の保障する重要な基本的人権の行使を制約、禁止することは、庁舎管理の目的と範囲を逸脱していることは明らかである。それは単なる知事の規則制定権によつてよくなし得ることではない。

従つて、庁内管理規則は憲法二一条、二八条、九五条に違反する違憲無効なものである。これを正当とした原判決は誤りである。

二 庁舎管理規則それ自体が憲法に違反しなくても、本件にこれを適用したことは憲法に違反する。

(一) 庁舎管理権は、あくまで物的な管理にとどまるべきものであつて、正当な組合活動を制限することは許されない。庁舎管理が前述の如きものである以上は、庁舎内における労働組合の活動の権利を不当に制限禁止することはできないし、その適用にあたつては庁舎管理が受ける不利益と、それが禁止されることによつて、組合が活動上受ける不利益とを比較衡量し、両者の調和がとれるように配慮すべきであることは当然である。庁舎管理者は、もともと住民全体の奉仕者として公益の実現を義務づけられているものというべく、行政事務の円滑遂行、公的サービスの提供という直接の目的のみならず、その管理権の行使にあたつては、それ以外の公的な、あるいは憲法的な要請を広く考慮に入れ、これを調和的に実現すべく義務づけられているものと言うべきである。殊に、それが労働者の団結権と矛盾するごとき場合にあつては、その適用、発動は両者の調和的実現に充分な考慮をすべく、軽率に適用発動するときは、憲法二一条、二八条に違反する。けだし、使用者たる行政庁が、労働者の要求、交渉をよくきき、その実現をはかることが、行政に民意を反映させ、地方自治の民主的な運営という憲法上の要請にも合致するからである。

(二) これを本件についてみると、その適用にあたつては、全く右の配慮がみられず、機械的に庁舎管理規程の発動を行ない、警察権を行使しているのであつて、本件におけるその適用は憲法に違反すること明らかである。

本件において庁内管理規則に基き退去命令を出したのは、出納事務局長である。しかし証拠によると、この退去命令はきわめて容易に出されたことが明らかである。すなわち、名目は出納事務局長であつても、それを実質的に決定したのは、管財課長杉山康及びその部下であり、しかも、杉山課長は、下僚からの簡単な報告を受けただけで、現実に自分が現況を確認したわけでもないのに、当日の状況を管理規則第一号ないし第四号のすべてに該当すると判断し、「一分か二分」飯塚出納事務局長と話しただけで、退去命令が発動されたのである。

ところで、杉山管財課長に報告をしたのは森課長補佐、杉山係長の両名であるが、同人らは、当日県教委の総務課の竹島係長より、ガラスが割れたという電話連絡を受けて、現場に赴き、高教組組合員が多数、県教委前の廊下にいること等の状況をみて、ただちに退去命令を出すべきだという判断をもつたのである。同人らと同行した証人青木清吉の供述によると、(県教委前廊下から管財課へ)「帰る途中、これじや退去命令だという声を杉山係長か、森課長補佐がいつていました。」(第五回公判)というのである。

しかしながら、これら管財課の職員たちは本件当日どのような目的で、高教組組合員が県教委へやつてきたものか、どのような理由で廊下に滞留するようになつたのか、というような原因については一顧だにしていない。たとえば、管財課長杉山康は、検察官の「その人たちは、教育長に会うために来ているわけですか」という尋問に対し、「私どもは、そういつたことについてはよくわかりません」と供述している(第六回公判)。同様に管財係長杉山三郎も、県教委との電話連絡に際し、組合員の来た目的はきいていない。

原判決が、「本件発生に至る経緯」で認定した如く、本件当日の高教組組合員の教育長に面会し、交渉するという目的は、きわめて切実であり、かつ緊急の事態だつたのである。にも拘らず、右に述べたように、当日の管財課の職員たちは、そのよつてきたる原因、紛争の実態について、県教委当局にたずねるわけでもなく、ただ表面的、現象的事態だけで、庁内管理規則第六条に該当するから、退去命令だと結論し、その通り実行しているのである。そのうえ、管財課長杉山康は、「教育委員会、あるいは県庁別館四階の他の部屋から、とても騒がしくて仕事ができないから、何とかしてくれという要請があつたのですか」という弁護人の質問に対し、「他の課からはありません」と述べている。それにつづいて、組合員らが、どれだけの時間そこに止つているのかということについても全く認識もしていなかつた旨供述する。

(三) 更に、退去命令を出した責任者は出納事務局長であるが、警察官の出動要請については責任者である出納事務局長は一切を部下にまかせ、(同人の供述)管財課長は、現場の責任者である課長補佐の判断にまかせ(証人杉山康の供述)課長補佐は、退去命令が出納事務局長より出されたということを警察に連絡をしたが、具体的に出動を要請したのは自分か係長かいずれかがしたか記憶がはつきりしないという(証人森房治の供述)。係長は、局長か課長が要請したはずと供述する(証人杉山三郎の供述)結局、管財課のどの職員がどのような方法で、警察に出動を要請したのかわからないのである。はつきりしていることは、当日午前九時に、出納事務局長名儀で警察に対し、出動の要請がなされていたということであり、この文書を起案したのは、管財係長だという事実である。午前九時には、高教組組合員は県教委にまだ行つていない。組合員が行かぬうちから、管財課の一職員が、出納事務局長も知らぬうちに局長名義の文書を作成し課長が判を押して警察へ提出されていたということである。

(四) これら一連の退去命令が出されるまでの経過をみると、庁舎管理の名の下に、公務員組合の切実な要求、緊急な交渉の必要性、憲法に保障された団結権、団体交渉権の行使という目的、その正当性などは一切無視され、管財課職員の一方的な判断で、退去命令が出されたことが明らかである。従つて、本件における庁舎管理規則の発動、適用は、憲法二八条に違反するものである。

原判決の判断は右の点に関し、庁舎管理規則と憲法上の基本権の矛盾衝突に思いをいたさず、ましてや、その調和などについての条件の検討もせず、形式的に庁舎管理規則の発動を正当としているのであつて、この点で、重大な憲法解釈、法令解釈を誤つたものであり、その誤りは明らかに判決に影響を及ぼすものである。

(その余の控訴趣意は省略する)

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